塩鮭があったのでご飯にのせて湯をかけて食べました。子供の頃よく食べたなんて事ない味。
焼くと塩をふくくらいしょっぱい「しょんびき」がおいしいんですよね。
この「しょんびき」って方言ですかね?なまってこう呼ぶようになったんですよね!?
子供の頃は家の事はほとんどおばあちゃんがやっていたので自然と食べる物も
おばあちゃんの食べるような物が好きでした。でもあの当時ではちょっとハイカラと
思われるようなマリネなども作ってくれたのを思い出します。いつだったか「イカ飯」が
夕食に出てきました。正直言っておいしくなくて変な味がしたのですが「おいしい」と
子供ながらに気を遣って言ったら次の日の夕食にも「イカ飯」が出てきたのでした。
忘れませんね!もしかしたら私のだけおいしくなかったのか!そんな事ってあるのかな!?
あるんですよ、そういう事が!!
父方のあばあちゃんの家にお正月行った時、手作り草餅が出てきて皆「おいしい」と
言いながら食べていたのですが、私のだけ強烈に変な味がしました。でも我慢して
飲み込んだら次の日、床に伏せました。運が悪いというのかなんというか。
子供の頃は外食をする事もなく家で食べるというのが当たり前でした。小学5年?6年?
だったか忘れましたが、同級生の友達が「お誕生会をする」と呼んでくれました。
そこのうちはなんと焼肉屋さんで、生まれて初めて焼肉屋さんに行ってもちろん
焼肉パーティーだったのですがあまりの勢いで肉を食べて、かみ切らないうち
飲み込んだら、肉の離れない部分というか脂身と肉の間の糸みたいなのが切れず、
のどにぶらさがった状態になりました。意味わかるかな!?
その後はご想像にお任せしますが散々な目に遭いました。この頃から卑しかったのです。
こんな子供時代を送ってきている事からか、今も食に対する執念?は、かなりなものです。
でもいくらおいしいレストランに行っても、行き着くところはおばあちゃんや母の味が
1番なのかも。おばあちゃんや母の味はもう食べられないけど、私なりに思い出して
作っています。その度におばあちゃんと母を思い出し、同じ味にならない自分に
「まだまだ修行が足りん!」と言い聞かせています。
おばあちゃんはとても厳しい人でした。ハサミを投げたら投げ返してきてたっぷり
怒られました。弟をいじめて毎日怒られていました。そんなおばあちゃんはいつも
水戸黄門をみていて「私も早くおばあちゃんになりたい。そうしたら毎日テレビ見て
過ごせるから」と言ったのですが今考えると毎日ご飯の支度や家の事大変でしたね。
普段肉など食べなかったのに、私がしょうが焼きを作ったら「もっと食べたい」と
言われた事がありました。それがおばあちゃんにとって最後の食事になったのです。
おばあちゃんの味は今でも忘れられない最高の料理です。おばあちゃんにとっても
私のしょうが焼きが忘れられない味になっているといいな。
おっ!今日はちょっとしんみりした話を長々と失礼しました。健康でおいしく、何でも適量に
摂って元気に暮らしたいものですね。


